人生を変えた「人・旅・本」

人生を変えた「人・旅・本」

人生のパラダイムシフト

幼稚園生の頃の夢、覚えてますか?
ぼくの夢は「通訳」。

テレビで外国人が話す言葉を瞬時に日本語にしている通訳を見て、すごく憧れたのを今でも覚えてる。ぼくはそれを公言していたので、両親は小学校に入学すると同時に英会話教室に通わせてくれ、楽しく英語に触れることができていた。けれど、中学生になり授業で英語が始まると、途端につまらなくなった。つまらなくても、昔取った杵柄で、中学生の内容ぐらいであれば全く勉強しなくてもそれなりの成績は取れちゃってた。でも高校生になってからは全くダメで、大学受験でも英語が足を引っ張るほど苦手なものになってしまってた。

まぁ、なんとか大学に入学できたものの、大学生活はつまらなかった。楽しそうにしてたのは地方から出てきた人たちばかり。大学生になってからやるような遊びのほとんどは高校生時代に経験済みだったし、将来に対する夢とか希望とか何も持ってなかったから。不安になるぐらいつまらなかった。
だけど、大学2年生になる頃「ワーキングホリデー」という制度を知ってしまった。ワーキングホリデーは「休暇目的の入国及び滞在期間中における旅行・滞在資金を補うための付随的な就労を認める」といった制度。簡単に言えば、現地でバイトしながら遊んでていいよってことだね。

そりゃ、ビビビッとくるよ。

留学とかなんて自分には関係ない世界だと思ってたけど、心のどこかでは小さい頃からずっと外国に憧れを抱いてたんだから。もう何がなんでも行くしかないと。1年半、学業も顧みず昼間も夜も必死にバイトして100万作ってカナダに飛んじゃった。

カナダとアメリカ

なぜ、カナダを選んだのかって。それはカナダがアメリカの隣だったから。ぼくらの若い頃って、サーフィンだ、スケボーだ、ヒップホップだ、ファッションだ、って流行はみんなアメリカからだったの。だから、その隣にあるカナダもきっと面白いに違いない、っていう単なるノリと勢いだね。

だけど、実際に行って見たら全然違うの。カナダは超田舎。街だって小さい。カナダ西海岸最大都市のバンクーバーなんて、1日あればダウンタウンを全部歩けちゃうと思うぐらいに小さいの。オシャレな服を買うところだってほとんどない。クラブに行っても、カッコいいとかはなく文化祭みたいなノリ。最初は失敗したかもって思ったよ。だけど、慣れるとそれでよくなっちゃうんだよね。服は古着屋で適当に買うし、音楽だってPOPだろうがカントリーだろうが構わずオールジャンル聴くようになるし、遊び方も変わってくる。それはそれで、いつの間にかすっごい楽しんでた。

でも、やっぱり気になるわけですよ。アメリカが、NYが、LAがってね。だって隣だよ、すぐじゃん。あっち行ったら、もっと楽しいかもって思わない? ぼくは思っちゃったので、アメリカに行っちゃうことにしたの。だいたい3ヶ月ぐらい。でも、詳細な予定は立てない。もし、NYが楽しければNYにいれるだけいてもいいし、マイアミのビーチで恋に落ちたらそれでもいいかもなんて淡い期待を抱いちゃったりしてね。
で、結果的には北米を一周してきました。バンクーバーから東のトロントに抜けて、そこからアメリカ東海岸を最南端のフロリダまで縦断。今度はカリブ海沿いに西へ向けて横断し、カリフォルニアから北上してバンクーバに戻ってていうのを主にバスで移動するという過酷な旅をね。

結論、アメリカはもう十分かなって今でも思う。だけど、カナダは何度も行きたくなる。なんでか分かる?
人だよね。カナダ人は優しい人が多いし、困っていれば親身になって助けてくれる。でもアメリカ人は違う。基本的に傲慢だし、アジア人を見下してくる。たまに親切な人に会ったりすると、ホントにあなたはアメリカ人ですかと聞きたくなるぐらいレアケース。経済や文化は素晴らしいと思うから否定はしないけど、貴重な時間を使って彼らと接点を持つのはね・・・。




旅と出会い

長い旅、短い旅、いろいろ旅をしてきたけれど、強く印象に残る場所って、景色や観光名所よりも圧倒的に人との絡みが多いんだよね。例えば「ナイアガラの滝」とか「グランドキャニオン」。たぶんスゴイと思ったんだろうけど、あまり印象に残ってない。それよりも公園でタバコの火を貸したお爺さんと一緒にお茶したこととか、ゲイにナンパされて追っかけられたこととか、現地で彼女ができたこととか、そういうことの方が記憶としていつまでも色褪せない。普段の生活では出会わないような人と旅では出会う。そしていろんな話をする。良くも悪くも、いろいろ影響を受けるよね。だから、どこに行ったかよりも誰と出会ったかの方が重要なの。

もう20年ぐらい前の話だけど、キューバを旅してた。今みたいにネット上に情報が溢れてる時代ではなく、周りにもキューバに行ったことある人なんていなかったし、ガイドブック的なのも浅い情報しか載ってなかった。だから、ほぼ何の情報も持たずに行っちゃって、空港からヒッチハイクしたの。ハバナの街まで出れば何とかなるかなって。で、運良く乗せてもらえたんだけど、「あと2ブロック」ぐらい歩いたら街だよって言われて住宅街で降ろされたの。だけど、何ブロック歩いても住宅街なの。おかしいなと思って、歩いていたおばあさんに道を訪ねた。そしたら「歩けないからバスに乗れって」。でも、バスの乗り方も知らないし現地通貨のキューバ・ペソも持ってなかった。そしたら、おばあちゃんがバス停まで連れてくれて、バス停で待っていた人に「この人をハバナの旧市街まで連れてってくれ」って頼んでくれて、しかもバスの往復分のお金をくれたの。何で往復分って思うでしょ? 何かあったらここまで戻って来なさいって。決して裕福には見えなそうなのにお金くれちゃうんだよ。代わりに米ドルでもメキシコ・ペソでも払うよって言ってもいらないって。もう、ホント感謝したよ。さらに、バス停で頼まれたおばちゃんもメチャクチャ親切で、旧市街で一緒にバスを降りてくれて、ホテルも探してくれて価格も交渉してくれてって、コンシェルジュかっていうぐらい面倒を見てくれるの。それまでは「ひとりでも何とかなる」ぐらいに思って旅してたけど、実際は周りに助けられて旅してきたんだって気付かされたよ。人って大切だなぁって。

旅と本

旅の中で日本人と出会うと「読み終わった本持ってない?」って大抵そういう話になる。今の時代はすごく便利で、kindleなどの電子書籍を持っていれば必要ないんだけど、そんなのない頃は旅人同士で物々交換。スマホやSNSなんてなかったから、移動時間などヒマな時間は大抵の旅人が本を読んで過ごしてた。だけど、本なんて数時間で読み終わっちゃうでしょ。でも、本を何冊も持ち歩くのは重いし、外国で日本の本を探すのも結構難しい。だから、読み終わった本を旅人同士で交換してたってわけ。

実は、読書ってあまり好きな方ではなかった。話題になった本ぐらいしか読まなかったかな。でも、旅をするようになってからは、すごく読むようになった。暇つぶしに読み始めたら、読書ってこんなに楽しかったんだって気がついたんだよね。さらに良かったのは出会った人と交換しながら読んでいたから、自分の趣味と同じものばかりではなく、意外な発見や出会いがあったから余計にハマったのかも知れない。

逆もあって、本を読んで「行ってみたい」となった場所もある。前述のキューバ(老人と海)とネパール(神々の山嶺)は代表的なところかな。キューバはヘミングウェイも含めてという意味だったけど、ネパールは登場人物が歩いた混沌としたカトマンドゥの街を、同様に流れに身を任せて歩きたい。そして、ネパールでもう一度この本を読みたいと思って旅に出た。それ以来かな、なるべく訪れる国を舞台にした本を持っていくようになったのは。そうすると本にも旅にも、より深い感情を抱けるような気がする。




人生でもっとも大切なこと

「かわいい子には旅をさせよ」旅をした人にしか理解できないと思う。辞書の解説を読めば言葉では理解できるだろうけど、どんなことが旅で起きてどんな体験をし、それが子にとってどう成長につながるのかは経験者でなければ難しいんじゃないかな。

「一冊の本に人生を丸ごと変えてしまう力があることを、みんな理解していない」とマルコムXは言ってたけど、本当にそういう可能性はあると思う。言葉には人を泣かせることも、笑わせることも、考えさせることも、何だってできるチカラを秘めている。そして、言葉は知識となって自分の中に蓄積されていくだろう。

けれど、もっとも大切なのは「人」だと思う。自分は一人で生きているつもりかも知れないが、誰かの助けがなければできないことは多い。「旅」をしていれば、そんなことはすぐに気がつく。「本」だって誰かの体験であったり、想像を共有してもらっているわけだ。結局すべては人に起因するけれど、旅と本は自分と誰かを“つなぐ”ための最良の手段だと思っている。